ジャンヌ・ダルク

ジャンヌダルクとは

ジャンヌダルク、という名前は世界史に詳しくない人でも聞いたことくらいはあるでしょう。
日本では、ロックバンドの名前や、ゲームのキャラクターなどでも使われていたりもするようです。

ジャンヌダルクは、1412年フランスのロレーヌ地方で農夫の娘として生まれました。
信心深い農村で育ったジャンヌダルクは、ある時神の啓示を受けてフランスのために尽くすことを決意します。

フランス軍に従事することとなったジャンヌダルクは、イングランドとの百年戦争で活躍をし、シャルル皇太子を戴冠へと導いたのでした。

百年戦争でジャンヌダルクがオルレアン包囲戦を打ち破ったことは特に有名なエピソードとして知られており、このことからジャンヌダルクは別名「オルレアンの乙女」とも呼ばれることとなりました。

その後フランスとイングランドの間には休戦協定が結ばれましたが、それもつかの間、再び戦争が起こります。

コンピエーニュ包囲戦の援軍としてコンピエーニュに向かったジャンヌダルクは、そこで捕虜としてとらえられ、1431年に処刑されてしまいました。

 

聖人になったジャンヌダルク

異端審問にかけられ処刑された理由としては、ジャンヌダルクが女性でありながら男装をしていたという理由がありました。

ジャンヌダルクが男装をしていたのは、戦場で戦うためにそのほうが都合がよかったためであり、当時ジャンヌダルクの周辺の聖職者たちもジャンヌダルクの男装を認めていたと考えられています。

捕虜としてとらえられてからは、男装をしないことを誓ったジャンヌダルクが再び男装をしたことが死刑判決へとつながる結果となりましたが、ジャンヌダルク獄中で再び男装をしたのは性的嫌がらせから身を守るためという理由があったようです。

のちにジャンヌダルクの処刑については、その内容を疑問視する声があがり、1456年7月、ジャンヌダルクの無罪が宣告されました。

こうしたことから、ジャンヌダルクは神の啓示に従って行動した殉教者と見られるようになり、キリスト教会の歴史の中ではフランスのカトリック同盟の象徴となり、ローマ・カトリック教会の聖人の一人へと認められることになりました。