ローマの支配

キリスト教の誕生と政治への利用

キリスト教の誕生

世界で最も小さな国というのはどこかご存知でしょうか?そう、ローマ市内にある「バチカン市国」、キリスト教のカトリック教会における総本山とされる国です。今では世界で最も多くの人々が信仰する宗教となったキリスト教ですが、キリスト教が発生した当初は、ローマ帝国の中でもとるに足らない小さな新興宗教の一つであったといいます。

もともと、当時のローマ帝国はさまざまな宗教を容認する「多神教世界」として成り立っていました。そんな中、ローマ帝国の東、パレスチナの地で、イエスはユダヤ教の改革運動を開始したのです。

イエスが説いたのは、民族や階級とは無縁の「神の愛」と「隣人愛」であったわけですが、この教えはやがてローマ帝国に対する反逆としてとらえられ、イエスは処刑されてしまいます。イエスが処刑されたことによって、イエスの教えは消えるかと思いきや、なんとイエスの死後、その弟子たちによってイエスの教えが広められることとなります。これがキリスト教のはじまりといわれているのです。

 

ローマ帝国公認の宗教へ

キリスト教の広がりに対し、勢力が崩れ始めてきたのがローマ帝国です。時代の流れとともに、ローマ帝国の政治は次第に混乱し始めますが、その混乱の中でローマ帝国は一時期迫害したこともあったキリスト教を、国の統治に生かそうと考え始めたのです。

そこで、313年、皇帝コンスタンティヌスによりキリスト教が公認となり、それまで多神教であったローマ帝国はキリスト教を信仰する一神教世界へと変貌を遂げることなったのでした。最初は、パレスチナで生まれた小さな小さな新興宗教だったイエスの教えが、弟子たちによって広げられ、ついには強大なローマ帝国が公認する唯一の宗教となったのです。

このことは、キリスト教にとって、他にライバル(!?)のない「世界宗教」として広がるチャンスであった反面、ローマ帝国によって信仰を支配されるという側面も併せ持つものでした。このことがやがて矛盾を生み、宗教改革が起こってキリスト教が現在のカトリックプロテスタントといった宗派にわかれていくことへとつながっていったのです。