使徒信条

自らの信仰を告白する意味がある

キリスト教を信仰している人は、日曜日などに教会に足を運んで礼拝をする人が多いです。
熱心に信仰している人であれば、毎週休むことなく教会に通うでしょう。教会では礼拝を行います。

他のキリスト教徒の人たちと交流を持つことができて、信仰を深めて行くのです。

牧師や神父と話をする機会もあるでしょう。

そして、礼拝を行う際に、使徒信条を読むことがあります。
牧師や神父に続いて、お祈りのように読む人もいるかも知れません。礼拝のときはいつも読んでいるものであるため、キリスト教徒の人でも、あまり深く意味を理解していない人も多いです。

使徒信条というのは、自らの信仰を神に告白するものです。お祈りとはやや意味合いが異なります。

使徒信条を読んで信仰を告白することで、自ら信仰している内容を再確認することにも繋がります。
もし、キリスト教徒の人で、使徒信条で読んでいる意味がよく分からない場合には、神父や牧師に聞いてみるといいでしょう。

 

宗派によって表現がやや異なる

使徒信条は、神が世界を創り、イエス・キリストが神の子だという内容から始まります。

そして、礼拝のときに使徒信条を読むのは主に西方教会です。東方教会では、礼拝時に使徒信条を読むところはほとんどありません。
東方教会には、カトリックをはじめ、プロテスタントや聖公会なども含まれますが、使徒信条の言い回しは宗派によってやや異なります。

もともとの使徒信条はラテン語の文章ですが、翻訳する際に宗派によって細かな表現に違いが出ました。
文語体で表記している宗派もあれば、口語体で分かりやすい表現で表記している宗派もあります。

使徒信条で言っている内容自体は、それほど難解なものではありません。ごくシンプルで分かりやすい内容です。

文章も短めなので、キリスト教に興味を持っている人は、使徒信条を一度読んでみるといいでしょう。

各宗派の使徒信条を一通り読んでみれば、細かな言い回しは違っていても、ほぼ同じ内容のことを告白しているのが分かります。